『私の愛が花束になるまで』

2021年7月4日、日曜日。ものすごく久々に人前でピアノを弾いた。最後に人前でピアノを弾いたのはいつだろう。2019年の秋くらいかなぁ。約2年ぶりだろうか。きっかけは、今年の1月に通過したTRPGシナリオ『ひみつのリフレクション』。
今回は発表会ではなくて、演奏会。人生で初めて自分で企画した演奏会だった。
観客はたった2人。私にとって、本当に大切だと思える存在である2人の友人。手作りの招待状を送ったりもした。

シナリオを通過した直後の3日間。私はさらっさらの砂だった。
自分の原型はどこにあったのかと思うくらい、シナリオで自分の感情が動いて、その余韻に浸って、余韻から抜けきれない日々だった。
どうしてこんなに気持ちが動いているんだろう。どうにかこの気持ちを形にできないか。そんな気持ちに突き動かされて、小説を書きたい、ピアノを弾きたい、という想いが膨れ上がった。

自分が演じるキャラクターを準備する過程で私が勝手に妄想した、自分が作ったキャラクターの過去の出来事。
キャラクターを取り巻く周囲の人々との関係と、感情の動き。
こういったことを考えて妄想を繰り広げていた私自身の感情、気持ちの動き。
一緒に参加した友人が作ったキャラクターとの関係性。その友人との思い出。
シナリオをGMとして回してくれた友人のこと、そしてその2人と私との思い出や出来事。
全部、全部が相まって、なんだかピアノが弾きたくなった。

なんてことが書けるのは、今の私だからだなぁ。当時は何がなんだかわかっていなかった。
よくわからないけどピアノが弾きたい。あのシナリオを通過した後の私として、この気持ちをどうにかピアノの演奏に込めたい。そんな漠然とした気持ちだけで、曲探しを始めた。

シナリオの中で思い出深いのは、とある夜の出来事。夜から連想して、『ノクターン(夜想曲)』が思い浮かんだ。あー、ショパンのノクターンを弾いてみたいと思ってたんだ。ノクターンの中から選んでみることにしよう。そんなことを思いついて、Youtubeでショパンのノクターン全集を何個か見繕い、1番から順番に聴いてみて。ピンとこないまま楽譜を見に行った。お店でスマホを片手に、Youtubeを流しながらパラパラと楽譜をめくったりしてみて。これは難しくて無理!と感じたりはしないから、まぁなんとかなるだろう。
そんなこんなで、ショパンのノクターン集を一冊買ったのが、1月末のことだった。

* * *

譜読みを始めて、ピアノの練習を始めて、小説も書きたくて。
このままだと、やりたいことが膨れ上がりすぎて、不安になって、やっぱりやーめた!って思ったりするんじゃないだろうか?誰にも自分のやりたいことを言わずに、ひっそりと一人で走り始めていた私は不安になって、これは誰かを巻き込んだほうがいいなと思った。巻き込んで、手伝ってもらう。自分ひとりで作り上げたらカッコいいけど。一人でずーっとコツコツやって、何かを成し遂げるって憧れるけど。でも、そんな見栄を張った結果、もし実現を諦めてしまう未来にたどり着いてしまったら?それは絶対に嫌だった。自分ひとりに出来ることは限られていても、人と一緒なら出来ることはきっと増える。この気持ちは、想い出は、何があっても形にしたい。
こういうことは、あの人なら力になってもらえるかも。同じシナリオを通過していて、ネタバレの心配もない。きっと一緒に走って伴走してくれる、断られたらその時また考えよう。数日考えて、連絡を取ろうと決めて、DMをした。

初回のミーティングは2月の中旬。快くお手伝いを引き受けてくださり、個人プロジェクトが本格的に始まった。いつまでに何をしたい?来週までに、何がどうなっていると嬉しい?そんなことを整理しながら一つずつ進めていった。まずは小説。シナリオを通過した人たちでの感想会までに、どうしても書き上げたいエピソードだけは先に仕上げて。残りは演奏会の準備をしながら少しずつ。優先順位をつけて、毎週ミーティングをしながら進捗を確認したり、困ったことや悩んだことがあったら相談したり、タスク管理や自分の動かし方について経験談を聞いたりしながら、準備は少しずつ進んだ。友人とは似ている部分もあり、私が困っていることに対して自分なりの対処法を持っている先輩でもあり、たくさんの学びと発見があった。

初回ミーティングから感想会までの1ヶ月で5本、小説を書いた。他のTRPGシナリオを通過して書いた小説は合計で3本。まぁよく書いたなと思う。一人では絶対に無理だった。友人を巻き込んで本当に良かった。
感想会後も、残ったエピソードを小説にすることと、演奏会の準備とを整理しながらミーティングは続いた。そして4月のとある日。私はもうひとりの友人を巻き込むことにした。曲の表現、作り込みを相談する相手になってくれたら良いなぁという気持ちがあって、声をかけようと思った。この友人は、伴走してくれている友人と一緒にシナリオを通過した人。ネタバレの心配はなし。伴走してくれている友人も、「自分は音楽のことに強くはないから具体的な相談にのれないし、手伝ってもらえたら心強い」と言ってくれて。たまたま3人で話す機会があって、思い出したように相談した。「全然わかんないけど、別にいいよ!」二つ返事だった。つよい。そして、ありがたい。
こうして、私の個人プロジェクトは友人2人の伴走と共に進んでいくことになった。

演奏会をどういう形にするか相談をしている中で、私が外せなかったのは、一緒に遊んだ2人に聴いてもらうこと。2人に直接、見届けて聴き届けてもらうことで完成させたいという気持ちだった。録音したりオンラインで繋いだりという方法を選ぶこともできるけど。これはピアノだけではなく、あらゆる表現や、コミュニケーションにも言えることだと思うけど、電子媒体になった途端に削ぎ落とされてしまうことがあると思っていて。自分が込めるものを全部、余すことなく表現として込めて、それを大好きな2人に見届けてもらいたい。そんなこんなで、小さな小さな自分の演奏会を開催することにしたのだった。

曲もおおよそ覚えて、楽譜を見ないでも弾ける場所が増えてきて。練習はしてるけど、なんだか練習への取り組み方が深まっていかない、そんな5月末のある日。表現作りのお手伝いをしてもらう友人に付き合ってもらって、そもそも何故ノクターン第17番を選んだのか、どんなことを表現したくてこの曲を弾くのか。そんなことを話していった。
クラシック音楽の根底には、作曲者の意図を楽譜から汲み取って表現するということがあると思うのだけれど。友人と話して言葉をもらって、今回は作曲者の意図を考えるのではなく、自分の気持ちと想い出を曲に込めるということに人生で初めて取り組んでいたのだと気づいたのだった。「今回はショパン先生の意図を汲み上げて再現したいわけでも、ピアニストの表現を真似したいわけでもないでしょ?自分自身の軸があったほうが深みが出ると思うよ。ピアノは表現方法の一つなだけであって、表現したいものは変わらないはずだから。」こんな言葉をくれた。すごく私に響いた言葉だった。
それから、私は電子ピアノを弾きながら、互いにそれぞれの家で楽譜を見ながら、どの小節で何を思い浮かべているのか、友人と通話をしながら言語化を進めた。ここまでやって始めて、あぁこのパートはまだぼんやりしてるなぁ、まだイメージが膨らんでないな、ということに気づいて、また表現が一歩進んだのだった。
学生の頃にピアノの部活に参加していたとき。コンサートの準備で曲の表現を部員同士で相談したり意見を交わしたりしていたのだけれど。卒業して、こんな形で友人と曲の作り込みができて、とても嬉しかったと同時に、そんな存在に出会えたこと自体が本当にありがたいなと感じた。

* * *

準備を手伝ってくれた友人が開場前に去り、たった一人で過ごした本番前の15分。
準備してきたものが本番を迎えるという感慨深さと、ついに始まってしまうなぁという緊張感と、大好きな2人に久々に会えるというワクワクと。何をして過ごそうか決めていなかった私は、ピアノを弾いたり部屋をうろついたりしながら、2人の到着を待った。
招待状を送った後、2人には堅苦しい会じゃないから気楽に来てねと伝えてあったのだけれど。2人は素敵なワンピースと、シャツにスラックスという装いで来てくれて。あぁ、演奏会という場を意識した服装を選んでくれたんだ、ということが、すごくすごく嬉しくて。驚いたけれど本当にありがたかった。2人のほうが私よりも緊張している感じがして、なんだか微笑ましいなと思うとともに、私にも緊張が移りそうで、ちょっとどきどきした。

私と、大好きな友人2人のたった3人しかいない、本当に小さな、だけど人生で初めての自分の演奏会。開演予定時刻まで耐えきることができず、もう始めるか~と少し早めに開演することにして。ここまでの準備や、当日までの気持ちを少しお話してから、演奏を始めた。
やっぱり練習と本番は違って、練習会やリハーサルも含めて初めて、この曲を弾きながら手がちょっと震えた。それもまた、そりゃそうだよねと受け入れながら。曲に込めた気持ち、想い出、そういったものはきっと自然にあふれるだろうと信じて、弾いた。

『恐れていると期待を抱いてしまう。愛があれば、あるものを受け入れる。』
曲の作り込みを手伝ってくれた友人が、もしかしたら参考になるかもと紹介してくれた『エフォートレス・マスタリー』という本の第5章、一番最後に出てくる一節だ。本番当日の朝、私はこの第5章を読んだ。あぁ今日が本番だなぁ、本番どうなるかなぁ。なんて思っていた私に、めちゃくちゃに響いた。出会うものには出会うべくして出会うのだな、なんて。まぁ捉え方次第かもしれないけれど。
愛があれば、どんな演奏になっても、どんな音が出ても、自分の体が緊張で固まったりしても、きっと受け入れられる。この本のこの一節のお陰で、私はそんな確信が持てたのだった。だからこそ、緊張で手が震えていることも心の中で笑って受け入れ、そこに意識を持っていかれることなく、演奏が進むにつれてしっかりと演奏に集中しきって最後の音にたどり着くことができたのかなと思う。まぁ、最初から集中しきって演奏を始めて終えられるのがベストだなぁとは思うのだけど、これが今の私だからいいのだ。

人生で初めて、自分で準備した演奏会。人生で初めて、練習しきったと思って臨んだ本番の舞台。人生で初めて、あぁ全部やりきったなと思うことができた演奏後。自分にとっての人生で初めてがたくさん詰まった演奏会になった。
準備を1月末に始めて、本番を迎えたのが7月初旬。5ヶ月の間ずーっと、ショパンのノクターン第17番を仕上げるためだけにピアノを弾いていた。よくこんな期間走り続けることができたなぁと自分でも驚く。でも、実際にちゃんと本番を迎えて、たった8分の本番を終えることができたのだ。そこには、私の気持ちを受け止めて、支えて、アイディアを出したり助言をしてくれた2人の友人の存在がある。そこには、私と一緒に『ひみつのリフレクション』で遊んでくれた友人と、そのセッションを準備して声をかけて遊んでくれた友人の存在がある。そして、一緒に遊んだ2人とたくさんの思い出を持って、TRPGで心を動かされ、どうにか形にしたいと走り出した当時の私という存在がいる。
友人2人は私の招待に応じてくれ、「当日の演奏」という私の表現を聴き届けて、見届けてくれました。そこで、私が形にしたかったものが一つ、初めて完成を迎えた。

無事に終わったという安堵。やりきったという充実感。初めての、自分にとって大きな一歩を踏み出したという達成感。
そして、あっという間に終わってしまったという一抹の喪失感。
友人2人が「演奏会といえば花束かなと思って」と言いながら渡してくれた、私の大好きな黄緑色でまとまった大きな花束。手渡された花束を見て、どうしても涙が耐えられませんでした。私が曲に込めた気持ちや想い出が、大好きな2人の手によって、大好きな色の素敵な花束というものになって、目の前に出てきたみたいで。嬉しかったけど、とにかくびっくりした。シナリオ通過後は水分が失われて砂になっていたけれど。演奏後の私から出ていった水分は、私の前に花束となって現れたのでした。

聴き届けてくれて、見届けてくれて、ありがとう。
準備の間、時には疑問を投げかけながら、私と一緒に隣で走ってくれて、ありがとう。
ここまで走ってくれた私、ありがとう。みんなと出会ってくれて、ありがとう。
4人とのたくさんの想い出と共に、無事に本番の演奏を終えて、皆で感想や想い出を話したりして。あっという間に1日が過ぎ去った。

何がなんだかわからないまま走り始めて。いつの間にか、こんなことになっていた。びっくりだ。
ピアノを弾く準備を始めたのは1月末だけど。シナリオのキャラ作成は12月の初旬で。
シナリオ通過前には、一緒に遊んだ2人と旅行にも行った。演奏会までの間にも一緒に遊んだりしてる。準備期間では、手伝ってくれた友人2人とも、たくさん喋って、スタジオでの練習に付き合ってもらったりもした。
関わってくれた友人たちそれぞれとの関係性は、ばらばらだけどどこかで始まっていて、そしてここまで来ている。きっとこれから先も続いていくと思うし、つながっていたいと思う。みんなとの関係性をつなげて続けていけるように、私はきっと過ごしていくだろう。

私がやりたいことは、まだまだ続く。あれもこれもやりたい。でもいっぺんにはできない。
手が足りない!時間も足りない!あれもこれもできてない!そんなことばかり思うけれど。
それでも一個、大きな経験をしたと思う。友人たちの力を借りながら一つの演奏を作り上げて、一つの場を作って、見届けて聴き届けてもらって、一つ完成させた。初めて準備から完成まで自分で関わった。
なかなか言葉にならない経験や想いもたくさんあるけれど。一つひとつ。やりたいという気持ちがあれば、突き進んでいける。準備に時間が掛かれば、当初と形が変わったりするものもあるけれど、変わらないものもあった。やりたいと思ったものが、ちゃんと形になったということは、一つの大きな自信になるなぁと感じる。

人生で初めての自分の演奏会が一つ、終わった。でも、終わりは始まりなのだ。
これからも友人たちと楽しく過ごしながら、素敵な日々を一つひとつ重ねていきたい。



御礼

人生で初めて書いたエッセイでした。
かなりの長文となりましたが、最後までお読みいただき本当にありがとうございます。
このエッセイは、2021年8月14日にオンラインコミュニティ・ライフエンジンで開催された「誰でも書けるよエッセイ講座」に参加して書いたものです。時系列に関する一部の表現のみを修正し、4ヶ月の時を経てようやく公開に至りました。

講師の高柳しいさん(@oyoge_oyoge)との対話と、いただいた問いかけ、そして長時間にわたる暖かな見守りのお陰で、このエッセイは完成を迎えることができました。改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。
この素晴らしいエッセイ講座を受講する機会をくださった、私の大切な友人であるぽんたさん(@pontapota21)。あなたの企画のおかげで、そして、あなたと一緒にエッセイ講座を受けられたことで、このような作品として形にすることができました。本当に本当にありがとう。これからもどうぞよろしくね。

当日の演奏を一つの作品として一緒に完成させてくれたお二人にも、改めて御礼をお伝えさせてください。
あなたたちとの出会い、これまでの想い出、これから先のこと。全てに感謝しています。ありがとう。
これから先も、また一緒に楽しく遊んだりしましょう!

初めての個人プロジェクトについて、こうして一つの形に残せたことが嬉しい。
この記事の準備も、伴走の友人たちに相談しながら進めてきました。お二人とも、いつも本当にありがとう。
そして、これからもどうぞよろしく!色々やっていくぞ〜!

最後に

このエッセイを読んでくださったあなたに、初めてのリサイタル音源を共有させてください。
演奏部分のみを切り出したものです。拙い演奏ではありますが、興味が湧いたらお聴きいただけると嬉しいです。
iPhoneでの録音なので音質が気になるかもしれませんが、その点はどうかご容赦ください。

stand.fm
ピアノリサイタル 〜はなむけの響き〜 - 出海の気まぐれ配信 | stand.fm 2021年7月4日(日) 京都某所のピアノ練習室にて ショパン作曲 ノクターン第17番 ロ長調 Op. 62-1 (iPhone12mini ボイスメモによる録音) ※URLの共有はお控えください
ピアノリサイタル 〜はなむけの響き〜 演奏音源

エッセイ講座の参加レポートや個人プロジェクトについてのあれこれは、また別の記事として形にしようと思っています。
もし記事の更新を楽しみにされている方がいらっしゃいましたら、今後も気長にお待ちいただけると幸いです。
マイペースに、それでも確実に、一つずつ前に進んでいきます。

それではまた、気が向いたときにお会いしましょう。
読んでくださったあなたに、心からの感謝を。

出海

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